大阪で母の面会を終えたその足で、倉敷へ行ってきました。「倉敷」という漢字の並びにも音の響きにも心惹かれていましたが、今まで行ったことがありませんでした。
整備された街並みに昔からの個人商店や、若者たちが新しく始めたビジネスが活気を呈していました。漆喰の白、瓦の黒、建具の木の色が、絶妙なバランスで視界に入ってくると心が落ち着きます。やっぱり私はジャパニーズ。いや、年齢を重ねたからかな。
早く行くなら一人で行け、遠くへ行くなら皆と行け…とかなんとか言われるけど(アフリカの格言?)あくせく動きたくはないし、さして遠くへ行きたいとも思わなくなりました。おまけに沢山食べる体力も無し。
ただ、誰と食べ誰と行くかは大切にしたいと思います。どこで何を食べるかよりも。
スピリチュアル風オブラードに包むと「波動が合わない人とは縁が薄くなる」、ありていに言えば「気持ちが通じない人と一緒に過ごす時間とエネルギーの在庫が少なくなった」のです。
そんなことも正直に言えるようになりました。これも年齢を重ねたおかげです。
My friend and I enjoyed visiting Kurashiki. It is a beautiful town near the Seto Inland Sea.
They say, if you want to go fast, go alone; if you want to go far, go together (African proverb?). But I no longer feel like go fast or far. Plus, I don't have the energy to eat that much.
For me, who I go with and who I eat with are more important than where to go and what to eat.
To put it in a spiritually-sounding way, I'm losing connection with people whose vibrations don't match mine. This simply means that I have less time and energy left to spend with people who don't resonate with me.
Sorry if this sounds rude, but I feel like getting older has made me more honest.
倉敷のきび蕎麦とままかりのお寿司は美味しかったなぁ。マスカット風味のビールもいける🍺(食べて飲んでるやんか)
Local food and beverage: mamakari-fish and muscat flavor beer, both are excellent!
前回は「お肌が綺麗ねぇ」と言いながら、私を至近距離でじーーーっと見つめて15分間全集中。
さて今回は、10秒前のことは忘れて「今ここ」に生きている様子。もちろん3週間前に会ったことも忘れていました。
「もう帰るの?さみしぃ」とすがりつつ
「さあ、お部屋に行きますよ」と職員に促されると
「あなた誰?」
「僕はお部屋まで車いすを押す人ですよ」
「あらぁ、そうなの。名前は?結婚してるの?」
「はい」
「まぁ、奥さんはどこにいるの?」
「家にいますよ」
「家ってどこ?」
と猛アタック。思いっきりのけぞって、車いすを押す「僕」の顔を確認していました。
今ここにいる娘のことは忘れたようです。
”Don't leave me alone. I'll miss you, Fumi.”
The next moment, as she heard the voice of a young caregiver, she started asking him all sorts of questions about his personal life: his name, his age, whether he was married, etc. It seemed she had forgotten her precious daughter was there.




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