「母と子のシンフォニー」和波その子

臼井霊気療法学会第五代会長和波豊一の孫である和波孝禧氏はヴァイオリニスト、現在も精力的に演奏活動をされています。生まれながらに盲目で原因は医師にも分からないと言われました。

 

レイキに関する記述も少しありますが(生後半年ほどから三日おきに霊気治療に通い、その後祖父である和波先生にしてもらったということ)、読み進むうちに「レイキでどの程度の改善があったのか」という下世話な興味が払拭されてしまいました。

 

これは母の強く優しい愛と、盲目に生まれながらも明るく堂々と生きる息子の半生の詳細な記録なのです。 

 

そして、ごく基本的なことを今更ながら再確認しました。「レイキ実践は表面的な症状や悩みを消すためではなく、その人の命を光り輝かせるためにある。」ということです。

 

その視点から見ると、盲目であるための不便さはあっても、自分の使命を知り実行し、沢山の人に支えられ、感謝しながら生きていく様子は、レイキの心に溢れています。

 

そんなにレイキに傾倒していたわけでもない筆者ですが、知らず知らずのうちに愛のエネルギーに満たされていたのか、それとも生来の気性なのでしょうか、時としてくじけそうになることもありますが、とても前向きに生きています。

”この子を幸せにしなくてはならぬ、みじめな思いをさせてはならぬ。それにはまず親の自分が不幸であってはいけない、みじめであってはならぬと、(略)”

 

”こうしているうちに、なにか、人力の及ばぬところに孝坊がいる、という、悟りに近い気持ちが起こって来たのだった。”

 

”昔から、身体の欠陥を持って生まれてくるのは、何かの罰とか因縁とか考える習慣があるのに、私はちっともそういう考え方に襲われなかったことだ。「心だに真の道にかないなば祈らずとても神や守らん」で、どこかで我々をみている神や仏が、私の可愛い子の上に、そんなひどいことをするはずがないと信じていたのだ。私はぼんやりしているのかもしれない。与えられた子を大切に心をこめて育てようと、ただそう思っていたのだから。でも育てているつもりで、私は孝坊から、その素直な心からどんなにいろいろ教えられていることか。盲目のために真理に近づくことのできる孝坊なら、私はまた懸命に孝坊の世界に近づいて生きたいと願った。”

 

”「次はワナミ・タカヨシさんの作品です」

と、アナウンサーが言ったのだ。つづいて、

「ワナミさんはまだ小学三年生、目が不自由で盲学校に行っている、気の毒なお友達です」

と言った。孝坊はまことに心外、という面持ちですかさず、母の膝に手を置いたまま、

「ボク、ちっとも気の毒でないよねえ」

と言う。その無邪気な顔!私はその健康な心が本当に嬉しかった。目に障害を持とうとも、心まで障害を負うことはないのだ。”

 

あと一か月で平成から令和になります。その前に、皇后さまの御前で演奏する和波氏のニュースをご覧ください。

 

私の大好きな菅原道真の和歌が引用されていて嬉しくなりました。